
わたしは子ども向けの学習塾を経営していて、手伝っていただいているスタッフさんが何名かいます。今回はそのスタッフさんにまつわるお話です。
その中で、私が塾を始めた時からずっと勤めてくださっているスタッフさんがいます。開設当初のバタバタした時期や、慣れない私を支えてくださって、本当に感謝しています。
反面、最近になってそのスタッフさんの生徒さんへの対応などに疑問を感じる場面が多くなってきました。
スタッフさんに感謝しつつも、生徒さんによくない影響が出ることは避けたい。しかし、わたしの考えをそのスタッフさんに伝えてもなかなかその言動が変わることはありません。
塾なので、生徒さんに学力をつけてもらうこと、気持ちよく学習できること、モチベーションを上げてあげることなどが大切なのですが、そういう私の考えとスタッフさんの言動はどうにもすれ違い、モヤモヤした日々を過ごしております。
塾経営の悩みというと、生徒募集や成績アップを思い浮かべる方が多いかもしれませんが、私にとって大きかったのはスタッフさんとの関わりでした。
そのままの状態は生徒さんにとって良くないので、どうにか改善を考えている、そういうお話です。
うちの三男、グレーゾーンボーイです。>>>
私は地方在住の50代の主婦。子どもの教育に関わる仕事を週2回ペースでしている”つつじ屋”といいます。
家族:だんな 定年間近の会社員
長男 大学生 勉強が大好き
次男 大学生 自由が大好き
三男 高校生 ウルトラマン大好き
三男は発達障害グレーゾーンで境界知能の持ち主です。
このブログでは、この三男にまつわるエピソードや困り事を、グチ多めでつづっていきたいと思っています。よろしくお願いします。
塾経営の悩みは、生徒指導だけではなかった
塾を開設する当初の懸念

塾を開設する当初心配していたのは、まずは生徒が集まるのかということです。そして、来てくれた生徒を上手く指導できるのか、保護者とのコミュニケーションは上手くいくのか、ということでした。
こうした生徒や保護者との問題は、これまでのところすごく困ったということもなく、比較的スムーズに運営できている印象です。生徒数の増減はありますが、まったくゼロということにはならず、赤字にもなってはいません。
保護者が不安に感じていそうだなと感じた時は、早目のコミュニケーションをとり、生徒が帰宅する時には必ず一つほめて笑顔にしてから帰す、ということを心掛けてきました。
▼フランチャイズ型の学習塾経営で「休めない・頼れない・収入ない」と感じたことについて▼

難しかったのはスタッフさんとの関わり

しかし、最近になってわたしは、教室で何かモヤモヤしていることが多くなってきたのです。
もやもやの正体はスタッフさんの生徒さんへの対応や、教室での様々な言動についてです。
きつい言い方、生徒に伝わらない説明の仕方、仕事上のミスとそのミスへの対応など、「え、ちょっと待って・・・。」と感じる場面が増えてきました。
そのスタッフさんはベテランなので、この仕事にご自分なりの考えをもってあたっているだろうということも考え、十分に配慮をしたうえで、そのスタッフさんのミスなどを指摘するのですが、「はい、わかりました。」とは言ってくれるものの、改善は見られません。
このスタッフさんを尊重するということと、生徒さんへの影響のはざまで、頭を悩ますことが増えたわけです。
長年支えてくれている存在だからこその悩み

このスタッフさんはもう10年以上勤めてくれています。
開設当初のバタバタした時期を支えてくださったり、年長者ゆえの助言や余裕で助けられたことは多々あります。このスタッフさんには本当に感謝しています。
何よりとても真面目で、この仕事に誇りとやりがいを感じていらっしゃいます。その真面目さと責任感が、最近は空回りしてしまっているようなのです。
きっとそのスタッフさんにも「この教室は私が支えている。」というくらいの気持ちがあると思います。そういった事情が、今のわたしのモヤモヤを厄介なものにしてしまっているようです。
つまり、入って間もないスタッフさんであれば、注意したりミスを指摘するのもそこまで気をつかわないし、「気をつけてくださいね。」で終わることなのですが、ベテランで自信もあるこのスタッフさんにははっきりとは言いづらいということです。
少しずつ気になり始めた4つのこと
上から目線の言葉で生徒が萎縮する

まずは言葉遣い。
「~しなさい。」などという、少しきつめの言葉が多いことです。生徒の機嫌を取れ、ということではありませんが、生徒がやる気を出せるような言葉がいいなと思っているわけです。
高校や大学入試に向けた進学塾なら強く追い込む必要もあるのでしょうが、わたしの塾は幼児さんから通い、基本を身に着けようというスタイルの塾です。何よりも生徒のやる気、学習の習慣づけに力を置いています。
なので、先生としての強さとか威厳などは全く必要なく、いかに一緒に走れるか、背中を押せるか、ということが大切だと思っているわけです。
しかし、このスタッフさんからは、「先生の言うことを聞きなさい。」という圧力が感じられ、わたしが聞いていてもちょっと怖く感じることがあります。
こうなると何が起こるかというと、生徒がそのスタッフさんに質問に行くことをためらいだします。また逆に、間違えることを嫌がって、考える前に質問に行くようになります。
わたしはその両パターンについて、できる限りフォローするのですが、手が回らないこともあります。そんな時、「ああ、申し訳なかったな・・・。」と残念な気持ちになるのです。
本来は、子どもが安心して間違えながら、自分で考える時間も大切にしたいと思っています。自分で考えられる子どもの力については、こちらの記事でも書いています▼

自分のミスを認めない

スタッフさんの仕事としては、まず最初に生徒が解いたプリントの採点があります。これが一番。ミスなく素早く採点することがその教室の品質となります。生徒が一生懸命解いたプリントです。こちらもきちんと採点してあげたい。
しかし残念ながら、採点ミスはおこります。人がやることなので仕方ないとは思います。それにしてもこのスタッフさんの採点ミスが目立ってきました。
生徒が「これ、何回やっても同じ答えになるんだけど・・・。」と私のところにヘルプを求めてきます。見ると、何も間違っていない。「あー、ごめんね、あってるあってる。時間かけさせて申し訳なかった。」とその生徒に謝ります。
そのプリントを採点したのはそのスタッフさん。そんなことが度重なってきました。
間違えることはあるし、それをすぐに認めて生徒に謝ればさほど問題ないと思います。問題なのはミスをした時の対応です。
普段、少しのミスをスタッフさんたちに逐一指摘することはありませんが、ミスが重なればさすがに伝えないわけにもいきません。「スミマセン、ここ、採点違っていますので、少し気をつけてみてください。」と伝えるとひとまずは「あ、すみません。」とは言ってくれます。
でも、その後で必ず「あの時はあーでこーで・・・。」という弁解が入ります。自分のせいではない、というニュアンスで。そこは必要ないかなと思うのです。そして謝るのも私ではなく本来は生徒に謝るべき。
違う日には、そのスタッフさんが生徒に違うプリントをやらせてしまい、慌てて本来のプリントもやらせたため、時間がとてもかかったことがありました。
この時も、「○○君のやる気がなくなってしまって、時間がかかりました。」と報告が。ちょっと違うな、と。その生徒がやる気をなくしたのは必要以上にたくさんのプリントをやったからであって、本来のプリント枚数であればきちんとできていた可能性が高いのです。その生徒がやる気をなくしたのが悪いのではなく、間違えたプリントをやらせたスタッフさんのミスです。
また、間違えに気づいた時点で私に報告してくれれば対応できたのに、自分の判断で続行したことで生徒に負担をかけることになってしまったのです。
このように、自分の判断ややり方で生徒に対応する場面も多くなっていきました。
自分のやり方を通そうとする

そのスタッフさんは中学レベルの数学も対応できるので、少し難しい質問の対応もお願いしています。中学生が中学の内容を学習している場合はあまり問題ないのですが、小学生などでまだ学校で習っていない場合の質問対応は注意が必要です。
プリントは少しずつ難しくなっていく構成で、そのプリントごとに「ここはこう解いてみよう」というやり方があります。しかし、そのスタッフさんは中学レベルの内容は比較的頭に入っているので、自分の理解で説明するわけです。そうすると生徒にはチンプンカンプンになります。だって、そんなやり方、一度も見たことがないから。スタッフさんのやり方でも正解は出るのですが、そのプリント上ではまだ学習していない解き方なのです。
そこを踏まえずに生徒に対応するので、はてなマークのままの生徒が発生します。理解できないままそのスタッフさんのところにいると「ハイ、席にもどってやってらっしゃい。」と突き放されるのです。これはつらい。
そんなときもそのスタッフさんにそっと「ここ、まだこのやり方やっていませんので、プリントの例題通りのやり方で教えてあげてください。」とお願いするのですが、同じことは繰り返されます。
また、幼い生徒さんの場合、その時の気分で学習への取り組み方が全く違います。決まったやり方や対応方法はあれど、その時その時の柔軟な対応が求められます。そこも「これがきまり」だと譲らずに、自分のやり方を通そうとします。
とても真面目な方だとは思うのですが、私なり他のスタッフにもう少し相談してくれれば、スムーズにいくのになと思うことが多いです。
一つのことにこだわりすぎる

スタッフさんの仕事は、幼児さんの対応をしながら他の生徒さんの採点をし、質問にも対応するという、なかなかに忙しいものです。
今はどの業務を優先するべきか、この生徒は少し目を離しても大丈夫か、採点を長く待っている生徒はいないかなどを見極めることが大切になってきます。基本的に質問対応はわたしがあたっているし、そこまで業務が重なることも頻繁にあるわけではありませんが、時には大変なこともあります。
しかしこのスタッフさん、たとえばある生徒さんの質問に答えていると、もう周りが見えなくなります。あまり業務が重なっていない時であってもそうです。一生懸命に対応して下さっているのですが、採点を待っている生徒がいることがぬけてしまうのです。あと一問マルになれば帰れる生徒さんなのに。
また、少し時間がある時に、スタッフさんが席を離れて生徒さんの様子を見に行くことがあるのですが、ある生徒さんにつくともうその生徒さんのことしか見えなくなります。なので、採点ボックスには採点まちのプリントがたまっていくのです。見かねた別のスタッフさんが「○○先生!採点お願いします!」と声をかけることになってしまったりします。
こうした時、私は黙って見ているわけではなく、ある採点を手伝ったり、「あとは私が見ますね。」とその生徒さんの対応を引き継いだりします。
この生徒対応を引き継ぐのも、このスタッフさんは嫌がることがあります。「大丈夫です!私見ますから!」と強く言われてしまうことがあるのです。絶対私が見た方が早いと思うことがあっても、その言葉をさえぎってまで代わろうとは思えないのです。生徒さんのためにはスタッフさんの言葉は無視して、私が引き継いだ方がいいのかもしれませんが、それはできないでいます。
他のスタッフさんにも負担をかけているし、生徒さんにも影響が出ていることなので、もう少し私が対処しなければならないことの一つです。
注意すると「分かりました」と言うが・・・
その場での謝罪はあるが・・・

そのスタッフさん、採点ミスをした時や周りが見えなくなった時に指摘すると、まずは「すいません。」と謝ってはくれます。しかし、あとになって「あれはメガネがいつもと違っていたので・・・。」とか「○○君のやる気がなかったので・・・。」というように必ずそうなった理由を説明します。
私にはどうしても「私は悪くなかったんです。」という言い訳に聞こえてしまって。いつものメガネを忘れたのも、○○君のやる気をそいだのも、あなたではないのですかと言いたい。もちろんそんなことは言えませんが。
そして「私は先生なんだから言うことを聞きなさい。」という話し方と「わたしは難しい問題も分かるから。」という自信。私よりも年上なので、リスペクトはしているし、十分気はつかっています。「ずっと助けてもらってきたから。」という負い目も少し。なので、言いたいことがあっても言えずにいることが多いです。
それでいて、質問対応に手間取り、自分では一向に正解にたどり着かなくなると「先生の所に行きなさい。」とあっさりこちらに投げてくる。もうその時には生徒さんの頭の中はこんがらがってしまっているのに。
でも行動は変わらない

これは一度や二度のことではありません。繰り返しこのようなことが起き、その都度私の意向をつたえています。スタッフさんのプライドを傷つけないように、十分に配慮をしたうえで。
しかし残念ながら状況はあまり改善されません。
そうこうしていると、やる気になれなくなってしまった○○君は、保護者の方から「子どもが疲れてしまいました。」と連絡があり、教室を去ることになってしまいました。また別の保護者の方からは「あの先生に教えてもらうのが嫌みたいなんです。何言ってるのか分からないって。」などというお話をいただいたり。
これはわたしの責任ですね。そうなる前に対策を取るべきでした。生徒さんに損をさせてしまったのです。
何を大切にするべきなのか、きちんと考えていないのは私でした。
私が気づいたこと
人は簡単には変わらない

この期に及んで今更ながらに気づいた事があります。それは、人は変わらないということです。
何とか私の意図を分かってもらえないか、柔軟な対応を取ってもらえないかと、そのスタッフさんの言動を変えてもらおうとばかりしていました。でもそんなことは無理だったのです。
年齢をおうごとに、どうしても考え方は固まってきます。また、長年の経験が新しい考え方などを取り入れることの邪魔になることもあります。まして長年そのやり方で上手くいってきた経験があれば、このやり方が正しいんだと疑わなくなりがちです。
だから私がとるべき方法は、そのスタッフさんのミスにあれこれと言うことよりも、生徒が困らないようにあらかじめ注意するポイントを確実に伝えたり、少し無理やりであっても質問対応は私が引き継ぐというように、とにかく私がまず行動することだったのです。
退会者を出してしまったり、スタッフへの苦情が出たことは、私に責任があります。スタッフさんの言動を改められずに招いた結果には大いに反省するばかりです。そして、このスタッフさんがミスをした時に毎回弁解するのは、もしかしたら以前、私がこのスタッフさんを責めるような態度があった可能性もあります。
人のことをとやかく言うよりも、自分の行動を見直せ、と思ったわけです。
本当に守るべきものは何か

では、私が守らなければならなかったものは何だったのでしょうか。
私が経営しているのは子ども向けの学習塾です。生徒の学力を伸ばすことや、自己肯定感をはぐくむことがもくひょうです。その目標を達成するためには、まず生徒の学習環境を守ること、そしてきちんと学力がつくような指導と助言をしてあげることです。
私以外のどのスタッフに質問しても、同じ教え方をしてもらえること、無駄な時間を過ごさせないこと、モチベーションの上がる声掛けをしてもらえること、そういった学習環境を守ることが第一なのです。
スタッフさんたちとの関係性をよくすることも大切です。しかしそれは生徒の学習環境を整えるための関係性の良化であって、スタッフさんたちとなれあうことではありません。
保護者からの信頼も失いたくないものではあります。しかしそれは二次的に得られるものです。生徒にきちんと学力がついたり、学習習慣がついたり、意欲的に学習できるようになったり、自己肯定感が上がったり、自分の子どもに良い変化が起きれば、保護者は必ず信頼してお子さんを預けてくれます。
変にスタッフさんに気を使いすぎている私は、本来大切にすべきものを後回しにしてしまっていました。
グレーゾーンの子ども達を見てきたからこそ思うこと
委縮すると本当の力が出せない子どもたち

私の三男は発達障害グレーゾーンで境界知能の持ち主です。また、長年の教室経営で、知的障害のあるお子さんや発達障害を持つお子さんなどをたくさん見てきました。
三男の幼いころの様子や、保育園時代に感じていた苦手さについては、こちらの記事でどうぞ▼

その子たちに比較的共通するのは、強い言葉は苦手だということです。厳しくするのも教育、という考えはあまり通用しないような気がしています。強く言えば「何くそ!」とやる気を出すのは限られた子どもだけ。
発達障害や境界知能のお子さんは、常日頃からあまり褒められることがなく、自己肯定感も低くなりがちです。そんなところに強い言葉で言われたら、委縮するばかりで、本来持っているはずの能力さえも出せなくなってしまいます。
のびのびと力を発揮させ、さらにその能力を伸ばすためには、間違いを指摘するばかりではなく、「ここまではあっているよ。よくできたね。」「この問題はできているから、同じやり方でやってみて。」という感じでできていることを認めること、問題を解決するための糸口を提示してあげることが必要です。
甘やかしではありません。こうした声掛けは、グレーゾーンの子どもだけでなく、どの子にも効果のあるものです。
★子どもにどう言えば伝わるのか悩む方には、発達障害・グレーゾーンの子育てから生まれた声かけの本も参考になると思います▼

発達障害&グレーゾーン子育てから生まれた 楽々かあさんの伝わる! 声かけ変換 (子育ての教科書)
安心できる環境の必要性

子どもがその持てる力を発揮するためには、環境が物を言います。
大学進学塾ならば、高レベルの先生、講義、勉強に打ち込める教室、受験テクニックなど、あらゆる環境を整った所に通いたいと思いますよね。これ全て環境です。
では私の学習塾のような、小さなお子さんも通う基礎的な学習をになう塾ではどうでしょうか。
通ってくるのは就学前のお子さんや小学生が中心。障害を持つお子さんや学校に行きづらくなっているお子さんもいます。そんな塾で必要なのは?
それは安心できる環境です。自分のことをちゃんと見てくれる先生、できたことを認めてくれる先生、自分でもできると思える教材、ミスしても責めずにどうしたらいいのかを教えてくれる場所であること、そういう環境が必要だと思います。
これは学習塾だけでなく、進路や就職を考える場面でも同じだと感じています。グレーゾーンの子どもの将来や就職については、こちらの記事でも書いています▼


先生の言葉は想像以上に影響する

子どもは気分屋です。自分本位です。いつもでたらめなことを言っているような子もいます。
でも反面でとても繊細で傷つきやすかったりもします。
生徒にかける言葉でも、この日はオッケーでもこの日はダメな言葉というのもあります。もうその日その日が手探りで、ちゃんと見ていないとその日の子どもの肝を見逃してしまいます。
子どもの腑に落ちる言葉であれば、きちんと届くしやる気にもつながる。でも、言葉の選択を間違えると「この先生、何か分かってくれない。」となります。
いつも子どもが納得できるような言葉かけができるとは限りません。でも、子どもの状態をよく見て、空気を感じるようにしていれば、少しは子どもの欲しい言葉をかけてあげられると思います。
これは親子の関係性とは違います。親子であれば感情で物を言っても修復はできる。しかし、あくまでも学習塾という場であることを念頭に、「塾の先生の言葉」として子どもに及ぼす影響を考えた言動が求められますね。
子どもは大人の言葉や態度を、本当によく見ています。以前、算数嫌いの小4女子とのやり取りから、子どもとの向き合い方について考えたこともありました。▼

スタッフさんの問題、今も答えは出ていません
スタッフさんの問題は現在進行形

お恥ずかしながらというか残念ながらというか、このスタッフさんの問題は解決できていません。現在進行形です。
しかしながら、生徒さんや保護者からもクレームに近いお話を聞く場面があることからも、早急な対応が必要です。
今どのように対処しているかと言えば、「この先生には見てもらいたくない。」と言っていた生徒さんは、必ず私が質問対応するようにしています。きつい言い方をされてちょっとへこんでいるかなと思えば、帰りには「最後までやりきって偉かったね!根性あるわ!」となるべく明るく声を掛けます。
教材の指導に関しては、共通の認識を持っていてもらいたいので、「今日はこの生徒さんのここ、このように指導をお願いします。」と具体的にその都度伝えるようにしています。
感謝も大きいので葛藤が続く

このスタッフさんは私がこの塾を始めた当初からお手伝いして下さっています。開設当初のバタバタした時期や私が入院した時などもとてもお世話になっています。
同じ系統の他の塾でもスタッフとして働いていたため、実際は私よりも経験は長いのです。大先輩でもあるため、どうしても気になることを指摘するのに二の足を踏んでしまいます。
また、そのスタッフさんはこの仕事に大変やりがいを持っていて、「わたしの生きがい」とまで言っています。その気持ちもむげにはできないな、と思うわけです。
しかし、大切なのは子どもたちが安心して教室に通い、学力を伸ばして、自己肯定感を高めていくことです。
このことを一番において、言うべきは言う、子どもの味方になろう、と思っています。
まとめ 先生に悩んだ話 塾経営で一番難しかったのは生徒ではなく大人
「良い先生」とは何だろう

「良い先生」「良い塾」ってどういうものでしょうね。
スパルタでとにかく追い込むスタイル、子どもの自主性を重んじるスタイル、ひたすらレベルの高い講義を行うスタイル、さまざまあります。
今その子にとって何が必要なのか、何を目指しているのかで、選ぶべき学習塾や指導者は変わってくるでしょう。
とにかく難しいことを学習したいなら高レベルの講義を行ってくれる先生がいいだろうし、生活全般からフォローしてもらいたいなら生徒のモチベーションを上げるのが上手な先生がいいだろうし、受験スキルを含めて情報が欲しいならそれに特化した塾なり先生がいいだろうし、本当にいろいろです。
自分がのぞむ指導を受けることができて、成果を感じることができれば、その先生は「良い先生」になるわけです。ある生徒には「良い先生」であっても、別の生徒にはそうでないこともあります。
大学受験のように目的がひとつであればその指導パターンや方針も決まってくるでしょう。しかし、私の学習塾は目的も人それぞれです。小学校入学前にひらがなを覚えさせたい、毎日学習する習慣をつけさせたい、学年以上の内容を先取り学習させたい、などです。
この「させたい」というのがポイントで、保護者の意向がかなり強くあります。子ども本人はまだ幼いので、あまり考えてはいません。ここが難しいのです。本人はそんなにやる気はないが、何とかして結果を出していかなければなりません。
そんな塾ではやはりその時その時の柔軟な対応が求められます。子どもが教室に嫌がらずに来てくれることが第一、何か一つでもできることを増やして帰れることを目指しています。
そんな学習塾で求められる先生像はどんなものでしょうか。明確な答えはありませんが、「安心して分からないと言える、できるようになったことを認めてくれる」そんな先生なのかなと思っています。
今回お話したスタッフさんも、そのスタイルを望む生徒さんに当たれば必ず良い先生であると思います。まずは私自身がこのスタッフさんの指導の良い所を認め、この教室をより良くするために協力してほしい、というスタンスで、少しずつ良い方向に向かっていこうと思っています。













